福岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)12号 判決 1970年2月27日
原告 佐藤須恵夫
被告 福岡中央郵便局長
主文
被告が昭和三九年七月二四日付でした原告に対する休職処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
原告訴訟代理人は「主文同旨」の判決を求め、
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二原告の主張
一、本件処分の経過と人事院の判定
(一) 原告は福岡中央郵便局第一集配課に勤務する郵政省の現業職員で全逓信労働組合の組合員であるが、福岡中央郵便局集配課事務室において、昭和三八年八月一五日料金合計金一〇八円を納付しないで新聞郵送用帯封を使用して、同日付日刊アカハタ新聞三通を第三種料金別納郵便物の速達扱いとして配達相当区域の速達区分棚に挿入して差し出し、また、同年九月三日料金合計金一二円を納付しないで前同様帯封を使用して前同新聞二通を第三種料金別納郵便物として配達相当区域の道順組立台のうえに置いて差し出し、もつて、それぞれ不正に郵便に関する料金を免れたとの郵便法第八三条第二項、第一項違反の公訴事実により昭和三九年七月二〇福岡地方裁判所に起訴されたところ、被告は昭和三九年七月二四日これを理由として原告に対し国家公務員法第七九条第二号により休職を命じ、同日付の処分説明書を原告に交付した。
(二) そこで原告は、同年九月一七日人事院に対し、右休職処分の取消しを求めて不利益処分の審査請求をしたところ、人事院は昭和四三年一月一八日右処分を承認する旨の判定をし右判定書の正本はその頃原告に送達された。
二、休職処分の適用
ところで国家公務員法第七九条第二号の起訴による休職は、その制度の趣旨、目的、効果、および休職が被処分者に与える実際上の不利益に照らして任命権者の自由な裁量を許すものではないと解すべきところ、郵政省と全逓信労働組合との間に「休職の取扱いに関する協約」が締結され、その解釈と具体的運用について「職員の休職の取扱について」と題する郵政大臣官房人事部長通達(郵人第八八八号)が発せられ、これらによつて職員が起訴された場合における休職の実際の運用が行われている。
ところでこの種運用基準は国家公務員法第七四条以下に定める職員の分限についての公正を確保するために設定されたものと解されるから、その基準自体が国家公務員法および右協約の規定に照らして合理的でなければならないことはもちろん、右基準の適用も公正かつ客観的妥当なものでなければならず、その基準の解釈および適用が右休職制度の趣旨を逸脱する場合は、かくしてなされた処分は違法たるを免れない。
三、本件処分の違法
(一) 本件事案は軽微で情が軽い。
(1) 原告に対する起訴状記載の公訴事実にある原告が免脱した郵便料金は総額わずか金一二〇円であつてしかも現実の被害は発生していない。
(2) 本件行為は形式的には違法な行為といわざるを得ないがこれに類する行為は原告の勤務する福岡中央郵便局において一般職員のみならず管理職員によつても公然もしくは半ば公然と行われ、それがまん延して慣行化していたから、原告の本件行為が職場秩序の維持と公務遂行上に支障となるおそれは少ないばかりか、かかる微細な行為がとがめられ処罰されるなどといつたことは予想だにされず、原告が本件行為をしたとしても、多分に無理からぬものがあつたといわなければならない。
(3) このことは前記原告に対する刑事事件につき第一審である福岡地方裁判所が、公訴事実のとおりの事実を認定しながら、原告を郵便法違反事件としては法定刑の最下限である罰金一、〇〇〇円に処する旨の判決を言渡し、量刑不当を理由とする検察官の控訴も、福岡高等裁判所において棄却され、該判決は昭和四三年三月七日確定していることに徴しても明らかである。
(二) 本件起訴後原告を引き続き職務に従事させても支障はなかつた。
(1) 地方郵便局は郵政省の地方支分部局として郵便、貯金、保険等の事務を取扱う官庁で、国民の信書および現金等をその委託に応じて大量に取扱い、国民の利益を尊重してその公務を遂行するものであるが、本件における被害者は郵政省自身であるからその犯罪の性質からして郵便利用者たる国民の公務に対する一般の信頼を損うものとはいえず、原告が引き続き職務に従事することによる支障は、あまりない。
(2) 本件事案の発生を許したのは原告の職場における本件に類する行為の黙認ないし慣行化にあつたことは前述のとおりであつて、原告の特別の不心得に起因するものとはいえないから、公務に対する一般の信頼性を確保するためには、まず被告ら管理者の姿勢を正すことが肝要であつて、原告のみを訴追したうえ休職に処するのは一方的責任転嫁であり、原告を休職にすることで解決される問題ではない。
(3) 被告は昭和三八年九月三日本件摘発後不定期間原告に対し一部業務の執行停止を命じ、本件休職まで一〇月あまり、原告が一般郵便集配事務を取り扱うことを禁じていたから、これによつて、原告に十分反省、自戒の機会を与えるとともに原告の公務遂行に対する信頼性も回復したものというべきであるから、敢えて休職の挙に出る必要性はない。
(4) 原告は、これまで、郵便業務に関し不正行為を犯したことはなく、本件において二回の犯行を重ねたのは原告の直接の上司である図師積集配課長らが組合活動に熱心な原告に悪意をもつて、第一回目の犯行を確認しながら敢えてこれを看過し、その後原告に対し注意するなどすることなく第二回目の犯行を持つて突如摘発するといつた常軌を逸した行為をとつたがためである。
本件のような行為は職員にとつて大して誘惑的なものでもないから、これが厳しく処罰されることがわかれば敢えてするおそれのある行為でもない。
(三) 以上の諸事情によれば、本件事案は起訴そのものが公訴権の濫用として無効と判定されるべきものであつたし、懲戒免職の如き処分は到底考えられない事案であつて、前記通達第1、協約について、第2条(休職の場合)関係の3、の「事案軽微で情が軽く、本人を引き続き職務に従事させても支障がないと客観的に認められる場合」に該当し、しかも、刑事裁判の成り行きをみないと行政罰の程度も決し難い要素を持つていたから、右通達第1、協約について、第2条(休職の場合)関係の2「注」(1)、イ、の「休職を命ずることなく引き続き職務に従事せしめ裁判所の判決を待つ場合」に該当するというべきである。それにもかかわらず、原告に対し刑事裁判の長期化により懲罰を目的としない起訴による休職によつて実際上長期にわたり懲戒休職と同様な物質的精神的苦痛をもたらす休職にすることは明らかに休職制度の目的に反し、違法であつて取消しを免れない。
四、被告の主張に対する原告の反論
(一) 被告は本件事案が業務上の犯罪であるから犯情が重いと主張するが、その具体的理由は何ら示していない。刑事裁判所が右の点を含めて本件が軽微であると判断したものであることは明らかである。
(二) また原告が本件以外にもアカハタ新聞を本件に類する手段方法で差し出した形跡があると主張するが、そのような事実はまつたくなく、被告は本件事案を重いものとするためのイメージづくりをしているにすぎない。
(三) つぎに被告は本件事案は国家公務員法第一〇二条にも違反するから犯情が重いと主張するが、つぎに述べるとおり理由がない。
1、もともと国家公務員法第一〇二条、人事院規則一四―七の第六項第七号はつぎのイ、ロ、ハの諸点からみて憲法第二一条に違反し無効であるから本件に適用さるべき余地がない。
イ、国家公務員法第一〇二条は法律によつて自ら基本的人権の制限を規定することなく、人事院規則に白紙委任していること、
ロ、同法および同規則が相まつて表現の自由という憲法上極めて重要な基本的人権についてあまりにも広汎、一般的な制限をし原告の如き機械的労務の提供者で、行政運営上も重要な地位にもいない現業職員が、政党の機関紙を手渡したり配達したりする程度のことまでも禁止していること、
ハ、しかもこれら法条に違反する場合は同法第一一〇条第一項第一九号によつて刑罰を科されること。
2、被告は原告の所為が国家公務員法第一〇二条に違反することを原告が休職に処せられた昭和三九年当時何ら主張せず、昭和四二年五月三一日付最終陳述書をもつてした人事院における審理の最終陳述において突如主張しだしたもので、かかる主張方法は原告にとつて極めて不利益不公正なものでありしかもこれまで被告が本件事案と同種事件を国家公務員法第一〇二条違反として問題にしたことは全くなかつたのに、原告に関してのみこれを主張するのは差別的弾圧的であつて被告の所為は同法第七四条に規定する分限の根本基準に違反するばかりでなく、同法第二七条、憲法第一四条に違反し到底許されるべきものではない。かりに許されるとしても国家公務員法第一〇二条違反の罪の法定刑が郵便法第八三条第二項第一項違反の罪のそれよりも重いのに検察官がこれを起訴せず、不問に付したのはそれ相当の理由があつたのであるから、これをもつて本件処分を正当とすることはできない。
第三被告の答弁および主張
一、答弁
1、原告の主張事実第一項は認める。
2、同第二項中原告主張のような「休職の取扱いに関する協約」が郵政省と全逓信労働組合との間に締結されていること、その解釈と運用基準について「職員の休職の取扱について」と題する大臣官房人事部長通達(郵人第八八八号)が発せられこれらによつて、職員が起訴された場合における休職の運用が行われていることは認めるが、その余の事実は争う。
3、同第三項中(一)の(1)の事実、(一)の(3)の事実中裁判の経過およびその結果、ならびに同項(二)の(1)の事実のうち地方郵便局が原告主張のとおりの事務を取扱う官庁であることは認めるが同項(一)(二)のうちその余の事実は争う。
同項(三)のうち、本件事案が刑事裁判の成り行きをみないと行政罰の程度を決し難いものであつたこと、は認めるが、その余の事実は争う。
二、被告の主張
国家公務員法第七九条第二号は、職員が刑事事件に関し起訴された場合においてはその意に反してこれを休職することができる旨規定し、郵政省と全逓信労働組合との間に締結された休職の取扱いに関する協約第2条第1項第4号によつても刑事事件に関し起訴された場合は休職の発令を行うものとするとされ、例外的場合にのみ、起訴による休職は事案によりこれを行なわないことができるとされ(同条第2項)休職にするか否かを任命権者の自由な裁量に委ねているものと解される。
ただ、右認定が区々にならないように、具体的運用基準を指示したものがさきの人事部長通達にほかならず、これによつても休職を行なわないことができる場合とは、当該事案が職務上と否とにかかわらず軽微であつて、その情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合に限るものとする(第1協約について、第二条(休職の場合)関係の2、3)としてこの理を明らかにしているのであるが、被告が原告を休職にしたのは本件事案は軽微とはいえず情状が悪く、右通達に該当する事由がないと判断したためであつて、その理由は次のとおりである。
(1) 本件において原告が免脱した料金は総額金一二〇円で現実の被害も発生していないが、犯行が行政運営上悪性であるか否かは免脱額の多寡のみでは決せられず、職務の公正の確保職場秩序の維持などの行政運営上の見地から判断されるべきものであるところ、右原告の所為は郵政省の業務に関する犯罪で、原告の職務上の地位を利用した郵便法第八三条第二項、第一項に該当する行為であるばかりではなく人事院規則一四―七(政治的行為)の第六項第七号の規定に該当し、国家公務員法第一〇二条に違反する。検察官は原告を郵便法違反の点についてのみ起訴したが本件行為は右のとおり国家公務員法第一〇二条にも違反するものであるから、これが起訴された場合は、原告は同法第一一〇条第一項第一九号により右郵便法違反の罪の法定刑よりも重い三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処せられるべきものであつた。
(2) 原告主張の如く、本件に類する行為が福岡中央郵便局において公然もしくは半ば公然と行われていたといつた事実は全くなく、むしろ、近時郵便職員による部内犯罪が頻発し世人の注目を集めていた折から、郵政省ではこの種犯罪については特に重視し、大臣訓示その他によつて、機会あるごとに職員に対し注意を喚起しており、部内歴一四年有余の原告がこのことを十分知悉していなかつたはずはないのに、くり返し本件犯行に及んだばかりか、右行為を原告の上司である図師積集配課長らに摘発されるや犯行を否認し同人らに対し「全国にアピールして抹殺してやる」などの暴言を発し、反抗するなど、全く反省の色もなく情状が悪い。
(3) 本件のような犯行はその現場を発見しないかぎりこれを未然に防止することが困難で、郵便の作業過程上も特段の監査方法がなく、容易に行いうるものであるところ、原告は本件以外に昭和三八年五月二三日頃、本件と類似する手段方法により一七通程度の日本共産党の機関紙アカハタ新聞を郵便区分棚に置いて差し出した形跡を図師積集配課長によつて現認されているほか、右アカハタ新聞を一週間に一、二回職場で職員に配布するなどしており更にこれを繰り返えすおそれもある。
(4) 本件事案が刑事裁判の成り行をみないと行政罰の程度を決し難い要素を持つていたことは本件休職の妨げとならず、むしろ、本件は前記通達第一、協約について、第2条(休職の場合)関係の2、「注」(2)の「罪状が明白であつてかつ情状の重い場合はすみやかに所定の手続を経て懲戒免職の措置をとる」場合には該当せず、ひとまず休職処分をしその後の推移、特に裁判の結果等をみて懲戒処分にするかどうかを決すべき事案であつた。そして、原告は本件休職の発令後昭和四〇年一二月分までは無給であつたが、昭和四一年一月一日以降は本給の一〇〇分の六〇の休職給を受けさらに昭和四三年三月七日の刑の確定と同時に復職しているから長期休職による精神的、物質的制裁も受けていない。
三、結論
以上のとおり、原告は刑事事件に関し起訴され、事案軽微ではなく情状も悪く、このまま原告を引き続き職務に従事させることは他の職員に対し悪影響を及ぼすばかりでなく公務の公正な執行に対し国民一般の疑惑を招くなど行政運営上支障を生ずるおそれがあるものと認められるので、これを未然に防止するため、判決が確定するまでの間、職員としての身分を保有させたまま職務につかせないのが相当であると判断して休職にしたものであるから、本件休職処分は適法であり正当なものである。
第四証拠<省略>
理由
一、原告が福岡中央郵便局第一集配課に勤務する郵政省の現業職員で全逓信労働組合の組合員であること、原告が福岡中央郵便局集配課事務室において、昭和三八年八月一五日料金合計金一〇八円を納付しないで新聞郵送用帯封を使用して、同日付日刊アカハタ新聞三通を第三種料金別納郵便の速達扱いとして配達相当区域の速達区分棚に挿入して差し出し、また、同年九月三日料金合計金一二円を納付しないで前同様帯封を使用して前同新聞二通を第三種料金別納郵便物として配達相当区域の道順組立台のうえに置いて差し出し、もつて、それぞれ不正に郵便に関する料金を免れたとの郵便法第八三条第二項、第一項違反の公訴事実により昭和三九年七月二〇日福岡地方裁判所に起訴されたこと、被告は同年七月二四日これを理由として原告に対し国家公務員法第七九条第二号により休職を命じ、同日付の処分説明書を原告に交付したこと、原告は同年九月一七日右処分の取消しを求めて人事院に対し不利益処分の審査請求をしたところ人事院は昭和四三年一月一八日原処分を承認する旨の判定をし右判定書正本はその頃原告に到達したことは当事者間に争いがない。
二、起訴による休職処分の基準
(一) 起訴による体職制度の趣旨
(1) 起訴による郵政職員の休職の根拠については国家公務員法第七九条第二号があり、これには職員が刑事事件で起訴された場合においては、その意に反してこれを休職することができると定められている。右は公務員が国民全体の奉仕者として職務に専念する職務を負い、これに違反する場合は刑罰その他の不利益な処分を科せられる反面、法律又は人事院規則に定める事由による場合でなければその意に反して休職にすることはないとして公務員としての身分を保障しようとするものである。
(2) そして、休職処分は職務上の義務違反をした職員に対する懲罰、非難の見地からではなく公務の適正な能率、運営の確保のため任用上の見地から規定した職員の身分に関する処分であつて、もともと、このような職員を秩序維持の見地から終局的に懲罰もしくは非難するにある懲戒処分とはその性質、目的を異にする。したがつて、職員が起訴によつて身体を拘束されるとか、公判廷へ出頭することによつてその職務に専念することに直接支障がある場合、あるいは職員が将来懲戒免職等を受けるおそれもあるから、これをそのまま職務に留まらせることが職員の公正と廉潔、ひいては職務の公正に疑いを生じさせ、公務に対する国民の信頼を失わせるなどの公務遂行上支障がある場合、あるいは将来有罪が確定した場合、それが公務員の欠格事由となることもあり得るから、かかる浮動的地位にある職員をそのまま職務に留まらせることが相当でない場合などにはこれを休職にする合理的理由があるといえるが、休職に処せられた職員は休職の期間中別段の規定なきかぎり何らの給与を受けられず(国家公務員法第八〇条第四項)その間他の私企業にも就きえず(同法第一〇三条)休職の事由が消滅しても定員に欠員がない場合は引き続き休職にされることがある(人事院規則一一―四第三条第二項)など多くの実際上の不利益を蒙ることを考え合わせると、職員が起訴されたこと自体で直ちに職員の公正廉潔に対する疑いを生じさせるものであるとして、それだけの理由でこれを休職にすることは到底許されないものと解さなければならない。
(二) ところで起訴による休職の具体的運用基準につき郵政省と全逓信労働組合との間に「休職の取扱いに関する協約」が締結されており、また「職員の休職の取扱について」と題する郵政大臣官房人事部長通達(郵人第八八八号)が発せられ、これによつて職員の起訴による休職の実際の運用が行われていることは当事者間に争いがない。
そして、右協約第2条第1項第4号に職員が刑事事件に関し起訴された場合は休職の発令を行うものとするとあり、同条第2項は起訴にかかる休職は、その事案によりこれを行なわないことができると規定している。また前記通達第1、協約について、第2条(休職の場合)関係の3によれば、前記協約第2条第2項にいう休職を行なわないことができる場合とは当該事案が職務上と否とにかかわらず軽微であつてその情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合に限るものとする。とあり、なお、同通達第2条(休職の場合)関係の2には刑事事件に関し起訴された者についてはあらかじめ事案の内容を検察庁および本人はもちろんその他関係方面について調査のうえじゆうぶん検討し休職にするかどうかを決めねばならないとされ、同項の「注」には起訴された者の身分関係は「休職を命ずることなく職務に従事せしめ裁判所の判断を待つ場合」「休職を命じ裁判所の判断を待つ場合」「休職を命じた後すみやかに懲戒処分を行なう場合」と明確に分類して規定されていることなどからも窺えるとおり、職員が起訴された場合であつても、休職を行うについてはさきに述べた起訴による休職制度の趣旨、目的、効果を十分勘案して判断しなければならないことが予定されているものと解すべく、したがつて、被告主張のように、右各規定が任命権者の自由な裁量を認めたものとは認められず、そこには一定の客観的制約があるものと解され、右制約の範囲を逸脱するときは裁量権を誤つた違法な処分といわなければならない。
三、そこで右基準によつて本件休職処分の適否につき検討する。
(一) 前記のとおり本件原告に対する郵便法第八三条第二項第一項違反の公訴事実は、原告は福岡中央郵便局集配課事務室において昭和三八年八月一五日料金合計金一〇八円を納付しないで新聞郵送用帯封を使用して同日付日刊アカハタ新聞三通を第三種料金別納郵便物の速達扱いとして配達相当区域の速達区分棚に挿入して差し出し、また同年九月三日料金一二円を納付しないで前同様帯封を使用して前同新聞二通を第三種料金別納郵便物として配達相当区域の道順組立台のうえに置いて差し出し、もつてそれぞれ不正に郵便に関する料金を免れたというにあり、右公訴事実によるかぎり原告の料金免脱行為は回数二回ではあるが、通数は合計五通、金額は総額にしてわずか金一二〇円であつて極めて少額些少というほかはない。
右公訴事実につき福岡地方裁判所はこれと同一事実を認定したうえ、原告を右郵便法違反事件としては法定刑の最下限である罰金一、〇〇〇円に処する旨の判決を言渡し、これに対し検察官から量刑不当を理由として福岡高等裁判所へ控訴があつたが、同裁判所においてこれを棄却し、該判決が昭和四三年三月七日確定したこと、右違反行為によつて実害は発生していないことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第九号証、第三一号証、第四〇号証ないし第四二号証ならびに証人矢野糺見の証言によれば、昭和三七年以降本件起訴のあつた昭和三九年七月二〇日までの間に、熊本郵政局管内において職員が起訴された事例三一件中二五件が休職、残り六件中四件は略式起訴であつたため休職にされず、二件は直ちに懲戒免職となつていること、休職にされた二五件中に郵便料金免脱の事案はないが、本件の如く刑事裁判の結果が罰金一、〇〇〇円に処せられるといつた科刑の軽いものはなかつたこと、職員による郵便法違反の事例としては佐賀県鹿島郵便局および諸富郵便局で、通信事務用封筒あるいは料金別納印のある封筒を使用して料金を納入せず普通郵便物(その内訳は前者使用分、登山案内二通、後者使用分、結婚通知一六通)を差し出した事件で検察官に送致されたが、いずれも起訴猶予となつていること、最近に職員が郵便法違反事件として起訴された小石川郵便局、堺郵便局を犯罪場所とするものをみると、前者は文京区労働組合協議会差出しのもの一二通を係員に交付発送させ料金九六円を免脱したもので罰条は本件と同じもの、後者は全逓信労働組合堺支部差出しのもの一〇通を郵便課差出区分棚に差しおき係員に処理させて料金一五〇円を免脱したもので、罰条は郵便法第八三条第一項によるものであり料金免脱額およびその方法等本件事案と大差がないにもかかわらず当該違反者は略式命令で罰金五、〇〇〇円の言渡しを受けたがいずれも休職にはなつていないことがそれぞれ認められ、以上の事実に照らすと本件事案は刑事事件としてはまさに軽微というほかはない。
もつとも、近時郵便犯罪が頻発し世人の注目を集めていた折から郵政省ではこの種犯罪については特に重視して、大臣訓示等により機会あるごとに職員に対し注意を喚起していたことは成立に争いのない甲第一一号証、第一八号証、第二一号証、証人図師積の証言により明らかで、本件は国家公務員の職務に関して行われた犯罪として決して軽視すべきものではない。けれども職務上の犯罪であるからといつてすべてが重大な犯罪ということにはならないのであつて、その犯罪の性格は当該事案について具体的、個別的に判断しなければならないことはいうまでもないことである。
これを本件について考えてみるに、成立に争いのない甲第七号証、第二〇号証、第二三号証、第二七号証、第二九号証、第三二号証、第三三号証、第三五号証を総合すると、原告の勤務する福岡中央郵便局においては一般職員が伝言、信書の配達などの私的用件を他の集配人に依頼するとか、管理職員の中にも記念切手の配達とその代金徴収などを担当区域の集配人に私的に依頼するとかのことがあつたし、特に、本件事犯と類似する通信事務用封筒が本来の業務目的以外にも利用されたりすることがあつたけれども、この種行為をした者がこれまで処罰されたり行政処分を受けたりしたことがなかつたことが認められるのであつて、本件が右のような事案と著しく異つた性格のものとも認められない。
そして成立に争いのない甲第一四号証、第一九号証、前記甲第一八号証、第二一号証、第二三号証および証人図師積の証言を総合すれば、本件のような職員の料金免脱行為に関し郵政当局は職員を監督すべき地位にある主事、主任らに対し、職員の中にアカハタ新聞を無料で差し出す者がいるから注意するようにとの内部的指示はしていたものの、それは職員に周知徹底させる趣旨というより監督者らに監視のための注意を喚起したにすぎないものであつて、広く一般職員まで示達されたものではないこと、そして、前記のように郵政当局が大臣訓示等により職員に対し郵便犯罪に関する注意を与えたのは、右のような部内だけにとどまるような事件ではなく、差出人である国民に直接損害を与えるような郵便事故に関するものであることが認められ職員に対し本件の如き料金免脱行為をしないよう注意を与えこれを周知徹底させる趣旨までも含んでいたことを認めるに十分ではなく、もとより国家公務員の原告が本件のような犯罪を犯すことは責められるが、原告が特に具体的な示達の趣旨に反したとしてこれを糾弾するのは当らない。
なるほど成立に争いのない甲第一一号証、第一七号証、第二二号証、および前記甲第一九号証、第二一号証、第二二号証ならびに証人図師積の証言によれば前記郵便局集配課長図師積らは原告が本件犯行以前にも本件と類似の手段方法で原告がアカハタ新聞を郵便として差し出したことを窺わせる形跡のあつたこと、原告が職場において一週間に一、二回アカハタを職員に配布していたことを了知していたこと、昭和三八年九月三日、本件犯行を監督者である前記集配課長図師積、同課主事永井賢、同課主任西丸一らが現認摘発し当該郵便物等を引上げるなど厳然たる態度をとると、原告は犯行を否認したうえ、同人らに対し「全国にアピールして抹殺してやる」などの反抗的言辞を発し、ふだんからも同人らに対し反抗的であつて、勤務成績も良好とはいえないことが認められる。
しかし、前記郵便局内における集配担当者の職務執行の際において安易に行われていた私的依頼事項の処理、あるいは本来公務用として無料で使用できる封筒が業務外に使用されるといつた互助的便宜な方法が、本来堅持さるべき郵政部内の秩序維持感覚を鈍麻させるに影響したと考えられないではないし、このような部内の雰囲気が、本件のような僅少の郵便料金なら免脱してもという法軽視を誘発させる起因となつたものといえなくはない。それ故にこそ同種犯行の繰り返えしの危険があつたことは否めないし、また、犯行を繰り返えしたからといつて特に非難が加えらるべきものでもない。
もとより、本件のような犯行はその性質上現場を看破しなければ防止することが困難であり郵便作業過程上特段の監査方法はないとしても、監督者らには前記の事情から本件原告の犯行を予知しえたと考えられるが、原告に対し特別の注意を与えることなく放置し、本件犯行を現認し突然厳格な処置をされるとなると、さほど重大なことではないと考えていた当事者にとつては非行者の心理として強くこれに反撥することは、ありえて、決して不思議ではない。そうだとすると、原告が監督者らに本件犯行を摘発されて反抗的態度をとつたとしても、それはことさら責めらるべきことではないことになる。その他原告がふだんから監督者に対し反抗的であつたとか、勤務成績も良好とはいえなかつたということがあつても、本件事案に影響すべき悪条件とはいえない。
また本件において原告が差し出した郵便物はいずれも日本共産党の機関紙であることは原告の明らかに争わないところであり、原告はこれを料金別納郵便物として郵便局内の郵便区分棚あるいは道順組立台のうえに置いたのであるから、通常の過程を経て名宛人に配達されることは必定で、このときをもつて原告は右機関紙を配布したものというべく、形のうえでは、国家公務員法第一〇二条第一項、人事院規則一四―七(政治的行為)第六項第七号に触れるものである。しかし、これが同法第一一〇条第一九号違反として刑罰をもつてのぞむほどの事案であるかどうかについては更に検討を要する。国の行政を担任することを職務とする国家公務員は、その職務の遂行にあたつては厳に政治的に中正の立場を堅持すべきであり、一党一派の政治団体に偏することは許されず、かくて、行政の運営は政治にかかわりなく法規のもとにおいて民主的かつ能率的に執行され、その安定性を保持しうるものであるから、国家公務員法第一〇二条は右の趣旨により国家公務員に対し一党一派に偏するおそれのある政治活動を制限しているのであつて、もとよりかかる制限は公共の福祉の要請に適合した合理性をもつものとして、表現の自由を保証する憲法第二一条に反するものではないし、また、人事院規則一四―七は前記国家公務員法第一〇二条第一項にもとずき国家公務員の上記職責に照らし必要と認められる政治的行為の制限を規定したものであるから同規則が国家公務員法の規定によつて委任された範囲を逸脱したものとは認められず、憲法第二一条に違反するものとも認められない。
しかし、右のように実定法規で表現の自由を制限している場合においても、表現の自由を保障する憲法第二一条の精神に則してその制限の意味を考えねばならないのであつて、これら両者の間の調和と均衡が保たれるよう、実定法規の適切妥当な解釈適用をしなければならない。
ところで、国家公務員の政治的行動が制限される所以は叙上の如く行政運営の公正を保持するにあるから、国の公権力の行使に関与し、国の行政運営に密接した職務を行う公務員が政治的行為をするときは、まさに一党一派に偏し行政の公正な運営を阻害するものとしてこれを制限するについて合理性をもつが、同じ公務員でも右のような国の行政に直接関与することのない現業職員が、自ら特定政党等政治団体の機関紙の発行、編集など刊行の基礎的な重要作業に関与することなく、単にわずかの限られた範囲内でのこれら機関紙の配布に関係した程度のものについては、前記行政運営の公正をみだす程度も軽少であり、これに刑罰を科するほどの違法性を認めることはできない。
これを本件についてみると成立に争いのない甲第五号証、第三七号証および前記第七号証、第九号証、第一四号証、第一七号証ないし第一九号証、第二一号証によれば本件において原告の取扱つたアカハタ新聞は合計五通でその名宛人太郎丸哲也、藤野嘉治、森川春明、浜崎新吉の四名(五通の名宛人のうち二名は藤野嘉治で同一人)中前二名は、いずれも、福岡中央郵便局に勤務している原告の同僚、森川春明はKBCテレビに勤務しているが、勤労者演劇協議会で原告と知り合つたもの、浜崎新吉は船員で原告は同人を直接知らないが、その妻を郵便配達を機縁に知り合つたもので、どちらかといえば浜崎新吉宛のものはその妻に宛てられたものであつて、これらの者は、いずれも原告と顔見知りで、原告はこれらの者の依頼で右アカハタ新聞を配布したにすぎないものであることが認められ、後記協定のとおり単に郵便集配の現業一般職員にすぎない原告が、限られた一部同志の者のために便宜をはかつてしたにとどまるのであるから、広く第三者に対し政治的行為活動をした場合とは異なり、国家公務員の行政における政治的不偏性、公正な職務執行保持の要請を著しく阻害するものとはいえず、これに刑罰を科するほどの違法性は認められない。特に検察官が原告を法定刑の重い国家公務員法第一〇二条違反の点について起訴せずわずかに、これよりも法定刑の軽い郵便法第八三条第二項違反の点についてのみ起訴したことも十分に考慮さるべきである。
なお原告は被告が右国家公務員法違反の点を処分説明書に明らかにせず、ようやく昭和四二年五月三一日付最終陳述書をもつてした人事院における本件不利益処分審査の最終陳述において初めて主張したとして、右は原告に不利益不公正差別的弾圧的であつて国家公務員法第七四条に規定する分限の根本基準に違反するというが、本件は前記郵便法違反による起訴されたことを理由とする休職処分であり国家公務員法違反による起訴を理由とするものではないから、処分説明書に右の記載がなかつたからといつて違法とはいえないし、原告の請求による本件不利益処分審査の最終陳述において被告が初めてこれを主張したからといつて、これが原告主張のような法基準違反となるものではない。
右の次第であるから本件原告の行為が形の上では国家公務員法第一〇二条に違反するとしても実質的評価を加えるときは必ずしも同法違反として処罰するほどのこともなく、職務の公正確保、職場秩序維持など行政目的的見地からみても前記のとおりの評価が加えられる本件事案のもとにおいては、なお事案軽微で情軽しと認めてよい。
(二) 原告を引き続き職務に従事させることの適否
原告が郵政省の現業職員であることは前記のとおりでありそして成立に争いのない甲第二号証および前記甲第一七号証第三七号証によれば原告は郵便の外務集配事務(当時は小包配達)という単純な機械的作業に従事していたにすぎないことが認められ、行政運営上基幹たる管理職の地位にあるものでもないから、本件行為を行つた原告を職務に従事させることによる影響は元来極めて少いといわなければならず、右行為が事案軽微で犯情も軽く、たとえ前記のように本件事件が摘発されたとき監督者らに対し反抗的態度に出たり日頃から反抗的であつたりしたうえ、勤務成績も良好といえなかつたとしても原告を引き続き職務に従事させた場合に格別の支障を生ずることが客観的に明らかであるとは認めるべき証拠は必ずしも十分ではない。また、原告が起訴されたとはいえ身柄拘束されていたとか、刑事公判廷へ出頭することによつて原告の職務専念義務に直接支障があつたことを認むべき証拠もない。そのうえ前記甲第一八号証、第二一号証、第三七号証によれば原告が本件行為を摘発された昭和三八年九月三日以後休職処分をうけた昭和三九年七月二四日までの一〇月余の間、被告は原告の担務を変更し一般郵便物の集配事務を取扱うことを中止し、局内における事故郵便物の処理ならびに配達資料の作成に当らせたことが認められ、これによつて原告に対し十分反省自戒の機会を与えたということができ、原告の公務遂行に対する信頼も回復したものと推測され、もとより叙上の事情から原告を免職(懲戒)処分にすべき事案でもないからさらにこれを休職にしなければならないほどの必要性もなかつたものといわなければならない。
なお、被告は原告が休職の発令後、昭和四一年一月一日以降本給の一〇〇分の六〇の休職給を受け、さらに昭和四三年三月七日の刑の確定と同時に復職していると主張するが、たとえ、そうだとしてもこれによつて本件処分により原告の蒙るべき物質的精神的損害が回復されうるものでないからこれをもつて本件処分を違法でないとする理由にはならない。
四、以上のとおり本件事案は軽微であつて情も軽く、原告を引き続き職務に従事させても公務遂行上支障がないと客観的に認められる場合に該当し、原告を休職にせずに裁判の結果を待つべき場合であつたといわなければならない。それにもかかわらず原告が起訴されたことをもつて原告を休職にした被告の本件処分はその裁量権の範囲を誤つたものというべきであり、違法として取消しを免れない。現に原告が復職しているとしてもなお右休職処分取消の利益がある。
よつて原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 生田謙二 早船嘉一 福田皓一)